PyCon JP Association 会計理事の清水川です。
私たちは、PyCon JP への参加を希望する方々が、住んでいる場所や旅費の負担を理由に諦めることがないよう、遠方支援制度を2012年( 遠方参加者の支援制度 - PyCon JP 2012 )から継続して実施しています。この制度は、スポンサー企業(パトロン含む)や有志の方々から頂いた寄付などによって支えられています。みなさま、ありがとうございます。
2025年の応募要項については以下の記事を参照してください。
| PyCon JP 2025 遠方支援を広島と東京から支えるAIイメージ |
この遠方支援をより効率的かつ安定的に行うため、2024年から技術的な課題の解決に取り組んでいます。2023年のイベントでは現地での現金取り扱いに大きな課題が残りました。2024年の取り組みで課題の一部を解決できましたが、海外参加者への送金に課題が残りました。
今回、PyCon JP 2025ではこの課題を解決するために導入を進めた2つの主要な技術、PretalxとPayForexの活用についてご紹介します。
課題の背景:2024年の海外送金と申込み管理
PyCon JP 2024 では前年の苦労を解決すべく、「イベント当日の現金持ち歩きを減らし、可能な限り銀行振込等で送金すること」を目標の1つに掲げました。しかし、年々各種サービスでの海外送金が厳しくなっている状況もあり、最終的に以下の内訳となりました。
- 国内は、銀行振り込み(約 79 万円)
- 海外は、個人のPayPalとWiseで送金(約 98 万円)
- 海外で、電子送金できなかった人は現金(約 194 万円)
2025年は、PayPalとWiseでの海外送金を諦め、PayForexに統一しました。
- 国内は、銀行振り込み(約 80 万円)
- 海外は、PayForexによる送金(約 286 万円)
2024年のもう1つの課題は、「遠方支援申込フォーム」がPyCon JP 国内参加者向け、海外参加者向け、PyCamp/PyLadies向け、そして支援が確定した方向けの「送金先登録フォーム」の合計4つをGoogleフォームで作成したことによって、情報の突き合わせが難しくなってしまったことでした。また、この方法では申込者が現在のステータスを知る方法がメール連絡しかないことも課題でした。
2024年の取り組みについては以下の記事を参照してください。
従来の遠方支援では、Googleフォームを使って応募を受け付けていましたが、毎年フォームを作り直す必要があり、引き継ぎや繰り返し作業の手間が課題でした。特に海外の方への送金が絡むと、応募から参加確認、送金に必要な情報収集、そして送金までを一気に取りまとめるのが困難でした。
この情報管理の課題を解決するために導入したのが、CfP(プロポーザル応募)システムとして知られている Pretalx です。
私たちはこのシステムを遠方支援の応募管理に応用しました。
Pretalx導入による効果
- アカウントベースの管理: フォームと異なり、参加者のアカウントに情報が紐づくため、遠方支援の申し込みから支援額の決定、メールの連絡まで、全てのプロセスをPretalx上で一元管理できるようになりました。
- 進捗管理の容易化: 採択後、参加者にはアカウントを通じて銀行情報や必要な情報を入力してもらうことができ、運営側は「この人は銀行情報が入ったか?」「支援額はいくらだっけ?」といった進捗状況をシステム上で把握できるようになりました。
- 複数言語対応: 今回は日本語と英語を使いました。入力項目ごと、メールごとに日英の文章を用意しておいて、申込者の言語設定で表示やメール送信されます。盲点だったのは、ある海外からの申込者が日本語で設定していてメール連絡も日本語で行われていたことです。そんなトラブルも有りましたが、とても便利でした。
- メール送信: メール送信機能を内蔵していて、条件に一致した人に指定したテンプレートで一括でメールを作成できます。送信箱に入ったメールを、必要なら相手毎に編集もできるし、削除もできるので、テンプレートを凝りすぎたりフィルタ条件をがんばりすぎなくても調整が効くのが実務的でよかったです。また、メール送信は属人的になりやすい作業ですが、送信箱の確認やメール送信履歴の確認など、運営内で複数人で確認できる点も良かったです。
- カスタムフィールド: 任意の入力項目を追加して、申し込み種別(Pretalxの「提案タイプ」)ごとにどのフィールドを表示するかを設定できます。また、フィールドごとに必須を指定したり、編集期限が過ぎると表示専用になったりします。検索機能からは、このフィールドの値のばらつきを確認したり、値ごとに申請をフィルタしたりできます。これを使って、「connpassイベント参加番号」フィールドや「銀行情報」が未入力のユーザーにメールを送る、といった使い方をしました。
Pretalxは遠方支援専用のシステムではないため、利用にはカスタマイズや工夫が必要でしたが、それをもってしても導入の成果は大きかったと思います。何人かの申込者に聞いてみたところ、「なかなか良かった」というフィードバックを頂きました。
一方で、やはり専用ツールではないことにより、Pretalxで解決しなかった課題がありました。Pretalxで解決しなかった課題:
- 採択者にのみ追加入力を提示: 採択された方には、送金先情報の入力や証憑をアップロードしてもらう必要があります。また、送金方法(銀行送金国内、銀行送金海外、SWIFT)によって入力項目を変更したいと思いました。しかしそのような機能がなかったので、採択されたら申し込み種別(提案種別)を切り替えて、表示するカスタムフィールドが連動して切り替わるように運用しました。この運用はちょっとした混乱と手間の原因となりました。採択ステータスによってカスタムフィールド表示がOn/Offする機能があればもっと手間が少なく済んだと思います。
pretalxの提案種別 - 特定フィールドを運営側だけ変更: 決定した支援額や、送金完了分の金額を伝えるためにも入力フィールドを使用しました。入力フィールドは本来連絡用ではないのですが、他に方法がなかったため、指定日時以降ロックする機能を使って変更できないようにしました。しかし、運営側が入力する際にはこのロックを全員に対して解除する必要があります。解除中は申込者が変更可能になってしまうので、すばやく書き換えて再度ロックする必要がありました。
pretalxのフィールドごとの設定 - 一覧表示: 人類、なぜか一覧表になっていると安心できます。その一覧表にメモを書き込めるとより安心です。人類はスプレッドシートに書き写す作業から逃げられないのだと思いました。実際のところ、採択においては予算上限もあるため当落線上では比較が必要になりますが、それ以外では個別に検討すればよいのではないかと思います。だからPretalxからCSVダウンロードしてスプレッドシートへ転記する必要は無かった・・と言いたいのですが、たぶん私が一番この転記シートを見て全体の状態把握を継続的に行っていました。
以下のキャプチャにある「チェックイン」はconnpassのチェックイン機能と連携させました。人力でconnpassから参加者一覧CSVを取得し、Pretalxに入力された参加番号と突き合わせています。いずれ、connpass API と連携して自動化出来る未来もがあるかもしれません。pretalxからcsv経由でspreadsheet化 - 連絡フォーム: メール送信機能はありますが、申込者からの連絡を受ける方法がありませんでした。できれば、「申込者がログインして、フォームに書き込んだら担当者に通知メールが来る」と良いのですが…。代わりに、Atlassian Jira Service Management (JSM) を使用して連絡を受けることにしました。JSMは(公式サイトからは分かりづらいですが)、問い合わせメールアドレスを発行して、受信メールをそのままJira Issueにしてくれます。担当者はIssueコメントを「内部メモ」として残すか「相手に返信する」かを選んで投稿できます。複数人で担当できるし、対応状況も人目でわかるのでかなり便利でした。
- 操作性: 一番のハードルは機能性よりも管理画面の操作性だったかもしれません。運営側の一部の手順は説明が難しかったですが、手順書を用意することで解決できた部分もあります。手順書がなくても申込みを審査できる、領収書を確認できる、というシステムが理想です。
フォームとデータ管理の過去の苦労について、2024年の記事 PyCon JP 遠方支援を支える技術 で紹介しましたが、その反省の大部分を今回のPretalx利用で解消できました。Pretalx以外にもいくつかのサービスを検討したりもしましたが、費用が高すぎたり、短期間利用ができなかったり、なによりどのような使い方ができるのか事前に分からない、といったハードルがあり採用できませんでした。Pretalxは公開モードにするまでは無料で色々と試せるのが良かったです。
次にチャレンジの機会があれば、残った課題も解消したいところですが、すべての課題を解決するにはもう自作するしかないだろうか…、しかしこういう汎用性のないサービスを保守更新していくのは続かなそう… とモジモジしています。要件定義書を書き残して、AIに毎年丸ごと実装させる!?それが実現できるかはさておき、要件定義書を書き起こすのは良さそうです。
技術2: PayForexで海外送金を安定化
| PayForexで海外送金を安定化(AI生成のインフォグラフィックス) |
海外への送金に合う新たな選択肢が必要でした。今まで使っていたWiseやPayPalといった一般的な送金サービスが、日本の法律や規制によって企業から個人への送金に使いづらいという問題に直面したためです。
そこで2024年にも検討していた海外送金サービス PayForex(ペイフォレックス)を今回採用しました。
PayForexのメリットと活用
- 銀行からの自動振替: PayForexはPyCon JP Associationが利用するPayPay銀行と連携しており、送金処理時に自動的に銀行口座から資金を振り替えてくれます。夜や土日祝日も大丈夫でした。このため事前事後に銀行からデポジット(チャージ)を計画的に行ったり、残金を戻したりなどの管理が不要です。
- 早い送金、低い手数料: SWIFT送金の手数料は1,980円ですが、PayForexでの銀行送金の手数料はインドの場合680円~1350円でした。翌営業日には着金して、その結果も確認できるためとても良かったです。SWIFTでは着金追跡が別料金なので、可能なら銀行送金を使いたいところですが、相手国ごとに受取人情報の入力項目が千差万別なのが悩みどころです。
- 送金先の事前登録: 事前に送金先を登録しておけるため、相手国によって異なる入力情報の不足を事前に把握できました。
- 送金実行が楽: 送金相手を選んで金額を入力した状態でカートにいれておき、後でまとめて特定の送金を実行する、といった使い方ができます。実際の送金がクリック数回で完了するなど、作業負担が大幅に軽減されました。
2024年当初はSWIFT送金のための情報収集の課題やアカウント開設の手続きに時間がかかる可能性から採用を見送りましたが、その後法人アカウントの準備を完了し、実際に活用することができました。PayForexのアカウント開設は、必要な証明書(登記簿謄本など)と担当者のeKYC(マイナンバーカード)で比較的容易に行えました。
PayForexで解決しなかった課題:
PayForexの利用時の課題は、とくに思いつきません。強いて言えば、やりたかった事の1つに、送金を一括登録したかったです。そうすれば、Pretalxから送金先情報を一括ダウンロードして転記ミスを気にすることもなくて楽だったかもしれません。試す時間がなかったのですが、PayForexにはBiz LightというCSVでの一括送金機能もあるようです。PayForex最高でした。
まとめと今後の展望
今回の技術導入により、遠方支援の運営における人的コストとリスクを大幅に削減できました。
応募管理にはPretalxを活用し、参加者と運営メンバー双方にとって進捗状況が分かりやすく、情報収集がスムーズに行えるようになりました。また、海外送金にはPayForexを導入し、日本の法律や規制の影響を受けやすい他のサービスと比較して、法人アカウントからの安定した送金経路を確保することができました。
今後は、国内送金は引き続き銀行振込、海外対象者向けにはPayForexを利用していく予定です。PayPalやWiseは法人からの送金が日本の制度的に難しいので、残念ながらしばらくは使えなさそうです。
これらの技術を活用することで、遠方支援の目的である「住んでいる場所や収入が参加のハードルにならない」状態を、より少ない人的コストで実現できるようにしていきたいと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿